ちょっと樫田の桂香寺付近を少し歩く機会がありました。

あまり樫田の周辺を探索したことがないのですが、ほんの少しですが投稿したいと思います。
◆桂香寺
高槻でも臨済宗のお寺は少ないようです。

調べると高槻では富田のあの普門寺、このお寺のほか中畑、杉生にあるお寺だけのようです。

臨済宗妙心寺によって創建(1601年)とあります。

このお寺の前にはこのようなめずらしいお地蔵さんがありました。
◆背後の山
背後の山は以前山城の投稿をした場所です。しかし山城は戦国時代(中世末期)のようなのでこのお寺の創建の少し前のようです。
◆アンタコという地名

さらに、この地区はアンタコという地名でアイヌ語の一部のようです。街かど遺産にもなっているようなのですが坂上田村麿(最初の征夷大将軍:西暦800年頃)が蝦夷の帰りに連れて帰った方が住んだのではないかといわれているようなので、これはかなり前からの言い伝えのようですね。高槻の阿武山古墳の藤原鎌足(669年)の少しあとの年代です。
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