JR京都線、高槻駅開業150年特集としまして、昨年夏に官営鉄道高槻停車場開業時の遺構を探して山崎駅を訪れましたので、ほぼ同じ内容ではありますが、再投稿したいと思います。
山崎駅表紙2


2025年、149年の表記はそのままにしています。
◆今年2025年は、7月26日で高槻駅の開業149年になりました。今後、
JR高槻駅開業150年特集としまして、さまざまな視点で開業当時の遺構などを調べます。今回は、官営鉄道時の遺構を探して山崎駅を訪れてみます。それをもとに高槻駅を考察したいと思います。

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JR山崎駅は明治9年8月9日、高槻停車場が7月26日に開業してすぐあとに開業しました。高槻駅の遺構はほとんど残っていないので、JR山崎駅に似た構造がるはずなんで、調べてみます。
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めっちゃ、でかい入場券が出てきました。ホームをの作りを主に観察します。
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現在の駅舎は昭和2年に建て替えられています。おそらく高槻駅の2代目もこのころと思われます。
初代は、この先離宮八幡宮の北側を、官営鉄道が買収し駅舎を建てました。今はそこは駐輪場と空き地になっています。この場所は、当時は丘陵になっていて、
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この高さを取り下げたようです。
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そしてこの駅前ができています
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この駅舎ができた時に掘削されたようですね。
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したがって、駅差yから入るとすぐ地下通路があります。(おりません)
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懐かしい駅舎の雰囲気
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ホームを観察します
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北側から南側のホームを見てみます
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やはり、南側は2段階高さが変わっています。しかし、見えるのはコンクリート
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おそらく遺構があるとしたら、南側のホームです。再び駅からでて
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コンビニを通り、離宮八幡宮の北側の旧駅舎のあった場所に行きます
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ここから見えるのもコンクリートだけかと思ったんですが
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なんと、コンクリートははがれているところがあって、レンガ積になっていたことがわかります。おまけに、後年高さを2倍くらいの高さに積み上げています。レンガは一見乱雑に積まれていますが、コンクリートで表面を塗ったことでわからなくなっているのではないかと思われます。高槻でもおそらくこのような構造だったのではないでしょうか?石積みの構造は見られませんでした(明治30年くらいに作られた亀岡駅は見られる)



ということで、高槻駅の昔のホームの構造に少し近づくヒントを発見しました。




以下は前回の投稿内容です。
20240630JR高槻駅
JR京都線も同様に149年。あともう少し、150年になるまで投稿を続けたいと思います。
なお、大阪から京都までの開通は半年遅れて、明治10年2月15日なので、向日町(現向日市)間の開業が7月26日です。

以下以前の投稿を引用しますが、これから特集としていままでの投稿や、新しい発見を見つけていきたいとも思います!





東京で官営鉄道が開通し、大阪神戸間がその次に着工しているんですが、なんとそのころ同時に京都ー敦賀間の調査(明治4年3月9日)も指示されたようです。しかしその後すぐに大阪京都間の調査が始まりました(結果、大阪京都間が先にできるんですが。。)ちょっと驚きなのは、すでに明治4年と7年に関東までの鉄道建設ルートを調査されています(当時は中山道がよいとされていた:後に東海道沿いに変わるんですが)

JR京都線は、それに遅れて4年後、明治9年に7月に大阪ー向日町間が開通します。歴史は今年149年なんですが、その前に神戸明治7年5月に神戸ー大阪間が開通しています。
大阪―京都間はさらに遅れましたが、調べて行くとどうも遅れた理由があるようです。


以下2024年時点
◆新橋ー横浜間 152年
測量着工 明治3年3月17日測量開始
開業 明治5年10月14日
NHKなどでも紹介されてます(またまとめます)

◆大阪ー神戸間 150年
測量着工 明治3年7月30日
開業 明治7年5月11日
日本で初めての鉄橋建設(3か所)と隧道掘削(3か所)
 そのほか合計43の木橋を建設

◆大阪ー向日町間 148年
測量着工 明治4年6月16日測量開始  
経路決定 明治5年2月10日 大阪経由に決定
工事着工 明治6年12月26日
高槻城石垣を内務省から譲渡 
 明治7年10月(石量834坪3号;2,758平方メートル)
 ⇒金額514円41銭5厘
 (仮に貨幣価値当時の1銭が今の300円とすると1,500万円)
橋梁工事 明治8年~明治9年8月で完成
開業 明治9年7月26日 神戸に2年遅れ
京都までの開業 明治10年2月15日 

工費 約276万円
(現在に換算して830億円!?1銭=300円として)

なぜ、神戸に比べて大阪ー京都間が遅れたのかですが、
周辺情報から推察するといくつかの要因があるようです。
明治4年9月 関西鉄道会社設立⇒京都府出資、京都敦賀間も視野に入れていたが、資金難で解散
明治6年12月政府資金で再スタート(これが遅れるきっかけに)
そのほか、レンガを浅田政三という京都の会社が請け負ったが途中で、材料不足に陥っています。
その加速をするための手段のひとつとして、高槻城の石垣が使われたんじゃないかと推測します。(これは私見)

また、鉄道150年を記念して、もう少し調べて連載したいと思います。

参考文献:
日本国有鉄道百年史 1,2巻
工部省記録 1~3巻

今年は鉄道開業150年なので、春先からJR京都線にまつわるレンガ構造物などの投稿をいくつかしてきました。また続編を追記したいと思います。また特集ページでまとめます。