JR京都線今年は150年、今までのいくつかのネタを更新していきたいと思います。
今回は高槻を通る貨物列車はどこから出発してどこまで行くのか?ところで何時間くらいかかるのか?少し調べてみます。昨年の内容をリメイクして追加します。
貨物1


前回3本ほど、高槻を通る時間から、貨物列車の時刻表をもとに調べたことがあります。しかし、いずれも最長の区間を通る貨物列車ではありませんでした。

そもそも東海道線に貨物列車は1日で何便くらい通るのでしょうか?貨物列車時刻表をみると、京都貨物と吹田貨物停車場の間、高槻を通過するのは、1日におよそ120本もあるようです。すごいですね。。12分に1本通っていることになりますね。ただし、時間帯に偏りがあって、高槻を通るのは明け方に集中しているようです。
8時までに約60本!(4時から7時が大半、だから明け方に音が遠くからカタカタ聞こえるのかな)
8時~17時までに約34本!
17時~ 約27本!
ただし、最長距離を走るものがどれだけあるのかはちょっとまだ調べられていません。
代表的なものを調べてみました。1055という貨物列車です。この写真はまだないのですが、

貨物列車の時刻表から確認しますと、
東京ターミナル 2時40分頃発
京都貨物 10時 ここまで7時間でくるんですね
高槻 おそらく 10時10分くらい通過!
吹田貨物 10時20分頃 
広島貨物 15時30分頃
福岡ターミナル 20時ころ着 

ということで、途中で止まりながらも17時間もの時間走り続けるんですね。おそらくその帰りは1055という名前の貨物はないので、違う番号で東京に戻ると思われます。




















今後も、電車ネタを続けたいと思います。


◆高槻駅の開業148年は7月26日です。
20240630JR高槻駅






◆高槻駅の開業150年は7月26日です。
JR京都線も同様に150年になるまで投稿を続けています。大阪から京都までの開通は半年遅れて、明治10年2月15日なので、向日町(現向日市)間の開業が7月26日です。



◆大阪ー向日町間 150年
測量着工 明治4年6月16日測量開始  
経路決定 明治5年2月10日 大阪経由に決定
工事着工 明治6年12月26日
高槻城石垣を内務省から譲渡 
 明治7年10月(石量834坪3号;2,758平方メートル)
 ⇒金額514円41銭5厘
 (仮に貨幣価値当時の1銭が今の300円とすると1,500万円)
橋梁工事 明治8年~明治9年8月で完成
開業 明治9年7月26日 神戸に2年遅れ
京都までの開業 明治10年2月15日 

工費 約276万円
(現在に換算して830億円!?1銭=300円として)

なぜ、神戸に比べて大阪ー京都間が遅れたのかですが、
周辺情報から推察するといくつかの要因があるようです。
明治4年9月 関西鉄道会社設立⇒京都府出資、京都敦賀間も視野に入れていたが、資金難で解散
明治6年12月政府資金で再スタート(これが遅れるきっかけに)
そのほか、レンガを浅田政三という京都の会社が請け負ったが途中で、材料不足に陥っています。
その加速をするための手段のひとつとして、高槻城の石垣が使われたんじゃないかと推測します。(これは私見)

また、鉄道150年を記念して、もう少し調べて連載したいと思います。

参考文献:
日本国有鉄道百年史 1,2巻
工部省記録 1~3巻



◆2023年の投稿の更新の投稿になります。


今年2026年10月14日は、鉄道開業152年になります。今から152年前、明治5年10月14日に鉄道ができたのは、新橋~横浜間。このときには新橋から南は海に堤防のような築堤をつくり石垣の上に線路を作りました。そのほか600mをこえる六郷川橋梁も作ったようですが、22の橋梁はすべて木製でした。鉄橋が初めてできたのは神戸・大阪間の鉄道建設のときのようですね。この開通式の時には明治天皇陛下のほか、明治の政治家の一行、三条実美、西郷隆盛や勝海舟、渋沢栄一も乗っていたようですね。明治3年の計画では、10か年で東京から大阪までを工事費用1102万両の見積りをしていたようです。実際にはその後、東京から大阪まで開通するのは明治22年になります。
高槻駅
大阪神戸間がその次に着工しているんですが、なんとそのころ同時に京都ー敦賀間の調査(明治4年3月9日)も指示されたようです。しかしその後すぐに大阪京都間の調査が始まりました(結果、大阪京都間が先にできるんですが。。)ちょっと驚きなのは、すでに明治4年と7年に関東までの鉄道建設ルートを調査されています(当時は中山道がよいとされていた:後に東海道沿いに変わるんですが)

JR京都線は、それに遅れて4年後、明治9年に7月に大阪ー向日町間が開通します。歴史は148年なんですが、その前に神戸明治7年5月に神戸ー大阪間が開通しています。
大阪―京都間はさらに遅れましたが、調べて行くとどうも遅れた理由があるようです。


◆新橋ー横浜間 154年
測量着工 明治3年3月17日測量開始
開業 明治5年10月14日
NHKなどでも紹介されてます(またまとめます)

◆大阪ー神戸間 152年
測量着工 明治3年7月30日
開業 明治7年5月11日
日本で初めての鉄橋建設(3か所)と隧道掘削(3か所)
 そのほか合計43の木橋を建設

◆大阪ー向日町間 150年
測量着工 明治4年6月16日測量開始  
経路決定 明治5年2月10日 大阪経由に決定
工事着工 明治6年12月26日
高槻城石垣を内務省から譲渡 
 明治7年10月(石量834坪3号;2,758平方メートル)
 ⇒金額514円41銭5厘
 (仮に貨幣価値当時の1銭が今の300円とすると1,500万円)
橋梁工事 明治8年~明治9年8月で完成
開業 明治9年7月26日 神戸に2年遅れ
京都までの開業 明治10年2月15日 

工費 約276万円
(現在に換算して830億円!?1銭=300円として)

なぜ、神戸に比べて大阪ー京都間が遅れたのかですが、
周辺情報から推察するといくつかの要因があるようです。
明治4年9月 関西鉄道会社設立⇒京都府出資、京都敦賀間も視野に入れていたが、資金難で解散
明治6年12月政府資金で再スタート(これが遅れるきっかけに)
そのほか、レンガを浅田政三という京都の会社が請け負ったが途中で、材料不足に陥っています。
その加速をするための手段のひとつとして、高槻城の石垣が使われたんじゃないかと推測します。(これは私見)

また、鉄道150年を記念して、もう少し調べて連載したいと思います。

参考文献:
日本国有鉄道百年史 1,2巻
工部省記録 1~3巻

今年は鉄道開業150年なので、春先からJR京都線にまつわるレンガ構造物などの投稿をいくつかしてきました。また続編を追記したいと思います。また特集ページでまとめます。