今年2025年は、7月26日で高槻駅の開業149年になります。

JR京都線も同様に149年。あともう少し、150年になるまで投稿を続けたいと思います。
なお、大阪から京都までの開通は半年遅れて、明治10年2月15日なので、向日町(現向日市)間の開業が7月26日です。
以下以前の投稿を引用しますが、これから特集としていままでの投稿や、新しい発見を見つけていきたいとも思います!
▶今のJR高槻駅の駅舎はJR京都線開業後、何代目なのか?
◆大阪ー向日町間 148年
測量着工 明治4年6月16日測量開始
経路決定 明治5年2月10日 大阪経由に決定
工事着工 明治6年12月26日
高槻城石垣を内務省から譲渡
明治7年10月(石量834坪3号;2,758平方メートル)
⇒金額514円41銭5厘
(仮に貨幣価値当時の1銭が今の300円とすると1,500万円)
橋梁工事 明治8年~明治9年8月で完成
開業 明治9年7月26日 神戸に2年遅れ
京都までの開業 明治10年2月15日
工費 約276万円
(現在に換算して830億円!?1銭=300円として)
なぜ、神戸に比べて大阪ー京都間が遅れたのかですが、
周辺情報から推察するといくつかの要因があるようです。
明治4年9月 関西鉄道会社設立⇒京都府出資、京都敦賀間も視野に入れていたが、資金難で解散
明治6年12月政府資金で再スタート(これが遅れるきっかけに)
そのほか、レンガを浅田政三という京都の会社が請け負ったが途中で、材料不足に陥っています。
その加速をするための手段のひとつとして、高槻城の石垣が使われたんじゃないかと推測します。(これは私見)
また、鉄道150年を記念して、もう少し調べて連載したいと思います。
参考文献:
日本国有鉄道百年史 1,2巻
工部省記録 1~3巻
◆2023年の投稿の更新の投稿になります。
▶今日JR神戸線開業150年 2024年5月11日 開業当時の写真も なおJR京都線大阪・高槻・向日町開業は今年7月で148年
今年2024年10月14日は、鉄道開業152年になります。今から152年前、明治5年10月14日に鉄道ができたのは、新橋~横浜間。このときには新橋から南は海に堤防のような築堤をつくり石垣の上に線路を作りました。そのほか600mをこえる六郷川橋梁も作ったようですが、22の橋梁はすべて木製でした。鉄橋が初めてできたのは神戸・大阪間の鉄道建設のときのようですね。この開通式の時には明治天皇陛下のほか、明治の政治家の一行、三条実美、西郷隆盛や勝海舟、渋沢栄一も乗っていたようですね。明治3年の計画では、10か年で東京から大阪までを工事費用1102万両の見積りをしていたようです。実際にはその後、東京から大阪まで開通するのは明治22年になります。

大阪神戸間がその次に着工しているんですが、なんとそのころ同時に京都ー敦賀間の調査(明治4年3月9日)も指示されたようです。しかしその後すぐに大阪京都間の調査が始まりました(結果、大阪京都間が先にできるんですが。。)ちょっと驚きなのは、すでに明治4年と7年に関東までの鉄道建設ルートを調査されています(当時は中山道がよいとされていた:後に東海道沿いに変わるんですが)
JR京都線は、それに遅れて4年後、明治9年に7月に大阪ー向日町間が開通します。歴史は148年なんですが、その前に神戸明治7年5月に神戸ー大阪間が開通しています。
大阪―京都間はさらに遅れましたが、調べて行くとどうも遅れた理由があるようです。
▶高槻の謎 高槻駅の開業はいつ? レンガトンネルはいつ造られたの? レンガはどこで作ったの?
◆新橋ー横浜間 152年
測量着工 明治3年3月17日測量開始
開業 明治5年10月14日
NHKなどでも紹介されてます(またまとめます)
◆大阪ー神戸間 150年
測量着工 明治3年7月30日
開業 明治7年5月11日
日本で初めての鉄橋建設(3か所)と隧道掘削(3か所)
そのほか合計43の木橋を建設
◆大阪ー向日町間 148年
測量着工 明治4年6月16日測量開始
経路決定 明治5年2月10日 大阪経由に決定
工事着工 明治6年12月26日
高槻城石垣を内務省から譲渡
明治7年10月(石量834坪3号;2,758平方メートル)
⇒金額514円41銭5厘
(仮に貨幣価値当時の1銭が今の300円とすると1,500万円)
橋梁工事 明治8年~明治9年8月で完成
開業 明治9年7月26日 神戸に2年遅れ
京都までの開業 明治10年2月15日
工費 約276万円
(現在に換算して830億円!?1銭=300円として)
なぜ、神戸に比べて大阪ー京都間が遅れたのかですが、
周辺情報から推察するといくつかの要因があるようです。
明治4年9月 関西鉄道会社設立⇒京都府出資、京都敦賀間も視野に入れていたが、資金難で解散
明治6年12月政府資金で再スタート(これが遅れるきっかけに)
そのほか、レンガを浅田政三という京都の会社が請け負ったが途中で、材料不足に陥っています。
その加速をするための手段のひとつとして、高槻城の石垣が使われたんじゃないかと推測します。(これは私見)
また、鉄道150年を記念して、もう少し調べて連載したいと思います。
参考文献:
日本国有鉄道百年史 1,2巻
工部省記録 1~3巻
今年は鉄道開業150年なので、春先からJR京都線にまつわるレンガ構造物などの投稿をいくつかしてきました。また続編を追記したいと思います。また特集ページでまとめます。
▶芥川の鉄橋の橋脚を改めてじっくりと眺めてみる、、やはり高槻城の石垣が使われている!
▶大阪・京都間鉄道開業時 高槻から大阪の間は、途中で阪急千里線を通っていた!
▶島本町 サントリーの前のレンガトンネル・水無瀬川鉄橋付近を訪れた
▶高槻のレンガトンネル番外編 大阪・京都間鉄道開業時から残る長岡京市の2つのレンガアーチ橋を訪れてみる 6連レンガアーチ編(七反田)
▶高槻のレンガトンネル番外編 大阪・京都間鉄道開業時から残る長岡京市の2つのレンガアーチ橋を訪れてみる 3連レンガアーチ編
▶高槻の謎 檜尾川の鉄橋 明治9年開業時日本最初の下路式鈑桁(かろしきばんげた)の鉄橋だったらしい それって何なん?
▶JR京都線 高槻のすぐ隣にある総持寺駅近くの五反田橋梁のレンガ構造
▶JR京都線 吹田~高槻に向かう道中 レール探傷車というめずらしい特殊車両を見かけた
▶JR高槻駅の入場券を買って、ホームを少し観察してみる
▶JR高槻駅に発着・通過する電車・貨物列車は合計1日何本くらいあるのか!?少し調べてみる
▶高槻の謎 高槻駅創業時を調べてみる 大阪まで何分かかったの?一日何本?運賃は? 開業当時を想い車窓を眺めてみる
▶高槻城築城400年 特設ページ
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