前回2023年7月24日の投稿に追記して、JR京都線 高槻駅開業150年特集としたいと思います。
◆JR京都線のレンガトンネルについて、高槻のすぐおとなりの茨木市にある6つのレンガトンネルと旧茨木川の橋梁などのレンガ遺構を順に紹介します。今年2023年はJR京都線開業147年です。JR京都線に残るレンガ遺構を投稿してきました。茨木市には現在、外から見られるまたは人が通れるレンガトンネルやレンガ遺構は、高槻の半分近くの数が残っているようです。いままで、川田レンガアーチと、門の前レンガアーチ(ねじりまんぽ)、と前回大塚レンガアーチを投稿しました。この付近はブログ筆者は昔近くに住んでたことがあるため懐かしく思います。今回は3連のめずらしい尻戸三レンガアーチ(避溢橋)です。まず前回同様、摂津富田駅からの位置関係を見てみます。

JR摂津富田駅
JR総持寺駅
川田レンガアーチ(明治9年2月)
▶茨木市新駅の名前はJR総持寺駅に決定!ついでに工事近くの140年前のレンガトンネルも見てきた!
太田川橋脚(現存せず)
門の前レンガアーチ(ネジリマンポ 明治9年2月)
▶トンネルシリーズ第六弾!ねじりまんぽ番外編
いま複々線化した後に、レンガアーチが単独で残っているのはここだけ。おまけに「ねじりまんぽ」。以前に瀧本美織のNHKドラマ10「わたしをみつけて」でロケをされましたね。伏見屋の本社も近くで出ていました。ここは改めて訪れ、別記事にしたいと思います。
茨木川跡レンガ石積橋脚(明治9年6月)
これも別記事でまとめたいと思います
さらにここから西にはレンガアーチが4つ連続します。
尻戸三レンガアーチ(明治9年1月)
三連のレンガアーチ(上の記事にも少し記載)
大塚レンガアーチ(明治8年11月)下段に連続記載
竹の鼻レンガアーチ(明治8年11月)下段に連続記載
丁子レンガアーチ(明治8年) 下段に連続記載
▶JR京都線 高槻すぐ JR茨木駅東側の4つのレンガトンネル 竹の鼻・丁子レンガアーチがある この2つの「高さ」はめずらしい
段田 (明治8年10月)未調査現存しているか不明
JR茨木駅
ということで、今回はめずらしい3連のレンガアーチ
尻戸三レンガアーチ(明治9年1月)
を主に紹介します。下段にそのほかのレンガアーチも記載します。

この水路は、茨木市役所の前の水路の上流になります。

レンガ部分は南側の2車線にあります。この西側、前回大塚レンガアーチは両側に1車線ずつが追加されていたので、この間で調整されたようです。あと、南側は分厚いコンクリートで保護されています。
形は、津之江の後藤川レンガアーチに似ていますね。

3連あるレンガアーチの真ん中に水路が通っています。

わかりにくいですが、使われていない左側もレンガ構造が見えます。

南東側ののり面は、レンガの構造がそのまま残っています。下側は石垣になっていますね。

よーく見ると、ここにも矢穴のある石があります。これは少し小さいので高槻城の石の矢穴ではないかもしれません。でもこの色というか花崗岩は似ていますねえ。。

途中でレンガが割れているところがありました。ここから見えるのはスミレくんかな

向かって右側が車道として使われています。

かなり水が染み出していますが

じっくりと見てみます。

奥の2車線とのつなぎ部分

西北側の石積み

ここもレンガは4層構造になっているよう。

レンガアーチが比較的低いので車は交差できません。(一方通行ですが)

東側の石積

補強されている今ンクリートの部分

中央のレンガアーチ内には入れないんですが

少し脇から覗いてみます。垂直になったところも3弾ほどレンガがあり、その下は石垣のようです。

後で出てくるんですが、

この垂直部分の石垣は何倍も隠れているようですね。少し気になるのは奥のレンガアーチの半分と手前の半分の水の染み出し量がちがうことと、その間にも石積が一段高くなっています。

でも、右と左は同時期のようにも見えますね

北側のコンクリートで造られている側から見てみます

内部が狭くなっている注意書きがされています。

使われていないレンガトンネルは入れませんがこのようになっていました。

車道のあるレンガトンネルも二つがつながった?構造のようです。
このレンガアーチは最初からこの長さがあったのか?疑問になる資料を発見しました。
土木学会の資料に、驚きの情報を見つけました。

三田の藩主九鬼家の所蔵に神戸線、京都線の多くの鉄道建設の資料があるようで、その中に尻戸三レンガアーチの図面がありました。(九鬼家の所蔵より引用)
やはり洪水などのときに水を逃がす役目を持つ3連のレンガアーチだったようですが、興味があるのは鉄道建設時単線だったんですが、レンガアーチは2車線分の長さがあったはずなんですが、当時線路は中央に設置されていたんですね。この断面図からみると2車線分のレンガ幅が本当にあったのか気になります。今後、もう少し調べて何か追加情報わかりましたら追記します。
◆以下は前回の投稿です。
今回、茨木川あとのレンガ遺構とJR茨木駅の間、ほぼ中央にあるかんじなんですが、
大塚レンガアーチ(明治8年11月)
を紹介します。なぜここを最初に紹介したのかはこのあとで。上中条という町の中です。

現地を訪れますと、両側の入口はなぜかコンクリートの構造。

なんとか自動車は通れそうですが通っている姿は見えません。結構怖いです。奥がアーチになっているので、車高のある車は特に厳しいです。

半分は暗渠の川になっているようですね。

中に入りますと、、レンガ構造になっています。

ということは、複々線工事のときに、

茨木市のこの付近は両側に1車線分を加えたようです。

この先高槻も含めて東側にあるレントンネルはすべて、北側に2車線を加えています。垂直の部分もレンガです。かなり水がしみだしています。石が使われているのは入り口と、最下段の基礎部分だけのようです。高槻はこの垂直な部分も石積構造です。その部分に高槻城の石垣石が使われています。

端っこの花崗岩とみられる石積みを見てみます。北東側(道路側)

北西側(水路側)

南側に進んでいきますと

レンガアーチとしては比較的大きく、3.35m幅あるようです。

東南側の石積(通路側)

南西の石積(水路側)??????

これは何でしょうか??右側の矢穴です。これは高槻城の石垣石ではないでしょうか?このときの石工職人の方が、もしこれを表に見えるようにあえて配置されていたのなら驚きです。

南側から振り返るとこのようなかんじ。

147年の歴史(2023年時点)を感じます。

4車線の中央に配置されると水はけがよくないのでしょうか。

垂直な部分とアーチになっている間は斜めのレンガがおかれているようですね。

ところどころ傷んでいるところもあるようです。

さらにこのレンガはおそらく4段になっています。

反対側(南側)にでました。

ここも地域の方が通る重要な道のようです。

近くの上中条公園ではたくさんの子供さんが遊ばれていました。茨木市もレンガトンネルが残っていてよかったです。あと、この前後にある3つのレンガトンネルも後日投稿します!
▶レンガトンネルシリーズ特設ページ
竹の鼻レンガアーチ(明治8年11月)
JR茨木市からも近いです。

場所は茨木市上中条一丁目

前々回の大塚レンガアーチも近いです。南側から入ります。

こちらも、4車線の中央2車線がレンガトンネルになっています。したがって、外からはレトロな雰囲気はないんですが、

中に入ると、背の高いレンガアーチがありました。

入口には、花崗岩の石があります。

レンガの下のほうだけ石積です。暗渠になっているのでこの下は水路になっています。

反対の石積

レンガのようすを見てみます。

鉄道開業時のまま(147年)

反対側(北側)の当時の出口のかど

その部分のレンガ

北東の入口の花崗岩の石

狭い(1.52m)ですが、天井が高いです。

JR京都線のレンガアーチの中ではこのようなかたちは見かけません。なぜこのようなかたちがあるのか?謎です。

反対側(北側)にでます

再び反対側(北側)から入って観察します

時々人が通ります

よーくみると、レンガを横向きではなく縦に置いているところもありますね。ということは、この奥はどうなっているのでしょうか?

一段おきに縦置きになっているようです。このような積み方は高槻にはありません。

レトロな公園の遊具。高槻は公園がかなり整備されているんで、高槻では、このようなレトロな遊具は見かけません。(一応動きました、下のクッションのタイヤは新しかったです)
丁子レンガアーチ(明治8年)

JR茨木駅のほうから歩きます。

南側から入ります。こちらも暗渠になっています。中央の2車線が、レンガ構造になっています。

中央にレンガトンネルがあります。

かなり背が低いです。

こちらは、高槻と同じレンガの長手方向に積んでいます。

壁のほうを見てみます

こちらも時々人が通ります。

内部で狭くなっているので角にぶつかりそう

こちらはなぜか下までレンガ積みです。(暗渠になっている下は石積みかもしれません)

反対側の壁

入口に3段だけ石積みがありました。

反対側の石積み

反対側の石積 このあたりの石は、矢穴はないようです。

反対側(北側)からはこのようです。自転車はかなり注意が必要。
この夏休み、茨木のこの付近にいかれたとき、これら150年前のレンガトンネルを訪れてはいかがでしょうか。

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