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JR京都線 開業当時から残るレンガトンネルなどの遺構を調べてみます。(島本町編)今年2026年はJR京都線開業150年です。(明治9年10月大阪~高槻~向日町開業)今までの島本町にあるレンガ石積み遺構の複数の投稿を少しまとめて再投稿します。
島本町レンガ表紙

島本町ではどのような官営鉄道開業当時から残る遺構があるのでしょうか?調べてみました。

いままで投稿した島本町のレンガ遺構はコチラ さらに中段から追加で4カ所ほどの追加をしています



◆島本町の東側を少し散策してきました。今回は、サントリー近くのレンガトンネルと、JR水無瀬川鉄橋付近のようすを投稿します。(2022年7月29日)
20220729島本大山崎 (1)
まず、島本町の東側、島本町立第1小学校の東側の道路。島本町はJRを渡る道が多くありますがいずれも踏切が多いです。島本町には以前投稿したレンガトンネルのほかに、どれだけのレンガ構造物があるのか?
20220729島本大山崎 (4)
百山踏切。たしかに山が迫っています。
ここはかつての電車の撮り鉄のベストの場所のひとつだったと聞いたことがありますが、
20220729島本大山崎 (5)
JRの線路はかなり大きく見えます。このすぐ下。
20220729島本大山崎 (3)
小さな水路がありますが、
20220729島本大山崎 (2)
レンガ水路が見えました。島本町もこのような水路が多いようなんですが、高槻はほとんど見えなくなっていますが、島本町はこのように見えるところがあるようです。実は島本町に人が通れるレンガトンネルがいくつあるのか知りたく、まずここにきましたが水路用でした。

20220729島本大山崎 (7)
なお、島本町立第1小学校(明治6年創立)の近くにはこのような大きな道路表示がありました。高槻には見かけたことがありません。道幅と同じくらいあります。なお、飛び出し注意の看板が、みずまろくんでした。。


20220729島本大山崎 (8)
つぎに、島本町の水無瀬川を越えて東側。サントリーのところに来ました。サントリーの建物は西側は島本町にあるんですね。ここに小さなレンガトンネル(谷口レンガ橋 明治8年11月)がありました。
20220729島本大山崎 (9)
車は通れません。歩行者と自転車のみです。
20220729島本大山崎 (10)
予想より小さいです。
20220729島本大山崎 (11)
通行は少し頭があたりそう。
20220729島本大山崎 (12)
でもなかはきれいです。下半分が石積みです。
20220729島本大山崎 (13)
入口だけが花崗岩になっていて、そのほかは砂岩?でしょうか。
20220729島本大山崎 (14)
左側も同様です。
20220729島本大山崎 (15)
レンガが3つでアーチになっています。
20220729島本大山崎 (16)
中のようすです。
20220729島本大山崎 (17)
通行者がないので、ゆっくり観察できます。
20220729島本大山崎 (18)
北側の複々線になったときに隠された場所。
20220729島本大山崎 (19)
通路の半分がレンガトンネルです。
20220729島本大山崎 (23)
トンネルの反対側はこのようなようす。
20220729島本大山崎 (22)
直角に曲がって線路沿いにいきます。
20220729島本大山崎 (24)
次に、先の2か所の間。水無瀬川の鉄橋付近にきました。ここは水無瀬川の西側の河川敷にあるローラースケート場。
島本町ローラースケート場
昔はこのようににぎわっていたんですね。島本町にはここのほかもう1か所あったようです。
昔の島本町は下記の投稿を参照。


20220729島本大山崎 (29)
直ぐ近くに水無瀬川の鉄橋が見えます。
20220729島本町
水無瀬川の南半分の橋脚は石積で、これも鉄道開通当時のものです。(明治9年4月)中央にレンガの構造がありますが、左右にずれないために造られているんじゃないかと思います(推定)。総持寺駅の東側の鉄橋、茨木川あとの鉄橋にもこのような構造がありますね。
20220729島本大山崎 (28)
なお、この先には島本町立第2小学校があるんですが、
島本町水泳場
昔水泳場があったような歴史もあるようです。高槻とはまた違った雰囲気がありました。



ではその他に、さらにどのような遺構があるのでしょうか?今まで島本町の西側と東側を調べてきました。今回は島本町の中央付近を調べてみます。

樋の尻公園水路用
20230520島本町レンガ (2)
まず最初に探したのは
20230520島本町レンガ (6)
樋の尻公園付近 町の中央にある高架の右手、西国街道近くです。
20230520島本町レンガ (7)
高架横の水路は、この高架が作られた時期に造られた可能性があります。
20230520島本町レンガ (3)
この公園の右手に、水路のレンガトンネルを見つけました。
20230520島本町レンガ (4)
名前と作られた時期はわかりませんが、これも明治9年ころと思われます。
20230520島本町レンガ (9)
さらに、この右手には
20230520島本町レンガ (10)
車の通れる貴重な通路があります。しかしここは後年作られているよう。

2連水路用
20230520島本町レンガ (13)
さらに、その右手を行きますと
20230520島本町レンガ (12)
2連の水路のレンガトンネルがありました。これも名前は不明
20230520島本町レンガ (14)
左にはドクダミが咲いています。流れる水がとてもきれい。
150年前と変わらないのではないでしょうか。
20230520島本町レンガ (16)
さらに右手に進みます。まっすぐ線路沿いには道がないのですが

島本町第一小学校の北側水路
20230520島本町レンガ (17)
島本町第一小学校の北側。この水路の先にもありそう。
20230520島本町レンガ (18)
線路沿いまで、あぜ道を歩くと、ありました。
20230520島本町レンガ (19)
レンガの水路トンネル、底もレンガでできています。ということで、実はいままで参考にしていた
阪神間・京阪間鉄道における煉瓦・石積み構造物とその特徴 小野田滋 
にも記載されていない水路のレンガ遺構がありました。島本町でも紹介されていないこれらのレンガ遺構は、とても貴重なんじゃないかと思います。


いままでのレンガトンネルや鉄道開業の投稿はコチラ













さらに東にいくとめずらしいトンネルもあります


この東に行くと、長岡京のレンガアーチになります。






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