JR京都線 開業当時から残るレンガトンネルなどの遺構を調べてみます。(島本町編)今年2026年はJR京都線開業150年です。(明治9年10月大阪~高槻~向日町開業)今までの島本町にあるレンガ石積み遺構の複数の投稿を少しまとめて再投稿します。

島本町ではどのような官営鉄道開業当時から残る遺構があるのでしょうか?調べてみました。
いままで投稿した島本町のレンガ遺構はコチラ さらに中段から追加で4カ所ほどの追加をしています
▶レンガトンネルシリーズ 島本町にもレンガトンネルがあった!
▶島本町 サントリーの前のレンガトンネル・水無瀬川鉄橋付近を訪れた
▶高槻のすぐお隣 島本町青葉三丁目の水路用レンガトンネル
◆島本町の東側を少し散策してきました。今回は、サントリー近くのレンガトンネルと、JR水無瀬川鉄橋付近のようすを投稿します。(2022年7月29日)

まず、島本町の東側、島本町立第1小学校の東側の道路。島本町はJRを渡る道が多くありますがいずれも踏切が多いです。島本町には以前投稿したレンガトンネルのほかに、どれだけのレンガ構造物があるのか?

百山踏切。たしかに山が迫っています。
ここはかつての電車の撮り鉄のベストの場所のひとつだったと聞いたことがありますが、

JRの線路はかなり大きく見えます。このすぐ下。

小さな水路がありますが、

レンガ水路が見えました。島本町もこのような水路が多いようなんですが、高槻はほとんど見えなくなっていますが、島本町はこのように見えるところがあるようです。実は島本町に人が通れるレンガトンネルがいくつあるのか知りたく、まずここにきましたが水路用でした。
▶レンガトンネルシリーズ 島本町にもレンガトンネルがあった!

なお、島本町立第1小学校(明治6年創立)の近くにはこのような大きな道路表示がありました。高槻には見かけたことがありません。道幅と同じくらいあります。なお、飛び出し注意の看板が、みずまろくんでした。。
▶島本町 知らなかった2つの話 水無瀬駅前商店街のみずまろくん ラグビー日本代表堀江選手は島本高校出身だった

つぎに、島本町の水無瀬川を越えて東側。サントリーのところに来ました。サントリーの建物は西側は島本町にあるんですね。ここに小さなレンガトンネル(谷口レンガ橋 明治8年11月)がありました。

車は通れません。歩行者と自転車のみです。

予想より小さいです。

通行は少し頭があたりそう。

でもなかはきれいです。下半分が石積みです。

入口だけが花崗岩になっていて、そのほかは砂岩?でしょうか。

左側も同様です。

レンガが3つでアーチになっています。

中のようすです。

通行者がないので、ゆっくり観察できます。

北側の複々線になったときに隠された場所。

通路の半分がレンガトンネルです。

トンネルの反対側はこのようなようす。

直角に曲がって線路沿いにいきます。

次に、先の2か所の間。水無瀬川の鉄橋付近にきました。ここは水無瀬川の西側の河川敷にあるローラースケート場。

昔はこのようににぎわっていたんですね。島本町にはここのほかもう1か所あったようです。
昔の島本町は下記の投稿を参照。
▶島本町町制80周年の写真展を振りかえる また町のポスターがとても印象的

直ぐ近くに水無瀬川の鉄橋が見えます。

水無瀬川の南半分の橋脚は石積で、これも鉄道開通当時のものです。(明治9年4月)中央にレンガの構造がありますが、左右にずれないために造られているんじゃないかと思います(推定)。総持寺駅の東側の鉄橋、茨木川あとの鉄橋にもこのような構造がありますね。

なお、この先には島本町立第2小学校があるんですが、

昔水泳場があったような歴史もあるようです。高槻とはまた違った雰囲気がありました。
樋の尻公園水路用

まず最初に探したのは

樋の尻公園付近 町の中央にある高架の右手、西国街道近くです。

高架横の水路は、この高架が作られた時期に造られた可能性があります。

この公園の右手に、水路のレンガトンネルを見つけました。

名前と作られた時期はわかりませんが、これも明治9年ころと思われます。

さらに、この右手には

車の通れる貴重な通路があります。しかしここは後年作られているよう。
2連水路用

さらに、その右手を行きますと

2連の水路のレンガトンネルがありました。これも名前は不明

左にはドクダミが咲いています。流れる水がとてもきれい。
150年前と変わらないのではないでしょうか。

さらに右手に進みます。まっすぐ線路沿いには道がないのですが
島本町第一小学校の北側水路

島本町第一小学校の北側。この水路の先にもありそう。

線路沿いまで、あぜ道を歩くと、ありました。

レンガの水路トンネル、底もレンガでできています。ということで、実はいままで参考にしていた
阪神間・京阪間鉄道における煉瓦・石積み構造物とその特徴 小野田滋
にも記載されていない水路のレンガ遺構がありました。島本町でも紹介されていないこれらのレンガ遺構は、とても貴重なんじゃないかと思います。
いままでのレンガトンネルや鉄道開業の投稿はコチラ
▶JR京都線 開業当時から残るレンガトンネルなどの遺構を調べてみる 大阪市から吹田市編
▶鉄道開業150年 JR京都線146年 高槻にできるJRの新駅はどのあたりできるのか?近くで貨物列車を眺めてみる
▶鉄道開業150年 ところでJR摂津富田駅はいつできたのか?開通式のようすは?できる前までの経緯も調べてみる
▶今日は鉄道開業150年 JR京都線は146年 高槻駅開業が4年遅れた理由を調べると、高槻城の石垣が使われた理由が見えてくる
▶JR京都線 高槻のすぐ隣にある総持寺駅近くの五反田橋梁のレンガ構造
▶レンガトンネルシリーズ特設ページ
▶大阪・京都間鉄道開業時 高槻から大阪の間は、途中で阪急千里線を通っていた!
さらに東にいくとめずらしいトンネルもあります
▶レンガトンネル 番外編 大山崎町にもあった ねじりまんぽ しかしかがんで通る小さなトンネルだった!
この東に行くと、長岡京のレンガアーチになります。

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