JR摂津富田駅はいつできたのでしょうか?できる前までの経緯も少し調べてみました。

JR京都線、当時の大阪ー向日町が開業したのが明治9年。高槻が中間の駅で開業しました。その後すぐに茨木駅ができてましたが、この間約8kmの間は長らく駅ができませんでした。ではできたのはいつなのか?
大正13年7月25日 日本国有鉄道東海道本線の茨木駅と高槻駅の間に摂津富田駅(新駅)開業。
のようです。開業後48年も経ってからなんですね。このあと5年後には、昭和3年に、阪急(新京阪鉄道)が開通します。なお、開通イベントとしては、250名もの参加で開通式があり、当日喜劇、花火、活動写真の催しもあったようです。いまでいうと、とくとく感謝祭みたいなものでしょうか。また商工業者の団体の富田商栄社が屋台をだして、未曽有の賑わいがあったようです。さらに、ここで、摂津富田駅の開通歌が披露されたようです。

写真左が開通歌です。かなり長歌ですね。メロディが知りたいです。
建設の前の経過ですが、大正11年3月11日に嘆願書が出されています。
停車場建設には5000坪の用地が必要で、一般寄付金に依りました。寄付金は総額33,759円になったようです。さらにその後、大阪の吉本五郎衛門から1500円、如是村から500円、阿武野村から300円の寄付を受けたようです。その後大正12年1月に測量着手し、9月12日に地鎮祭を行い、13年7月に竣工したようです。誘致に対しては地元の方の並々ならぬ努力があったんですね。摂津富田駅や富田周辺にまつわる歴史についても他にも今後調べたいと思います。
参考文献:富田町誌(昭和4年)
◆参考 以下は富田町の町になってからの情報です。
富田町が町制になったのが大正14年(今から96年前)、高槻市に合併になったのが昭和31年です。

昭和4年編纂の富田町誌(92年前)を見つけました。
明治22年 富田村に制定
大正13年 日本国有鉄道東海道本線の茨木駅と高槻駅の間に摂津富田駅(新駅)開業。
大正14年 富田村から富田町へ
昭和3年 1月16日新京阪鉄道が淡路 - 高槻町(現在の高槻市)間を開業に合わせて富田町(とんだまち)駅ができる。
同年 新京阪鉄道が高槻町 - 京都西院(現在の西院)を開業。
(昭和4年富田町誌編纂)
(昭和10年富田町誌発行)
JR摂津富田駅のもうひとつの跨線橋
▶いつもの高槻 その44 JR摂津富田駅 もうひとつのレトロな跨線橋
参考 現在も残る富田村踏切
▶富田丘町にあるJR線路の踏切 富田村踏切(とんだむらふみきり)という名前らしい ここで撮り鉄の方にいろいろ教えてもらった
富田の近代の歴史について
▶高槻市の歴史クイズ その24 明治天皇が高槻にこられたのはいつ?どこへ?こられたルートは?天覧の富田踊りとは?
▶富田4丁目 青蓮寺から旧道を総持寺まで歩いてみる
JR京都線開業時の話

コメント