大阪・京都間鉄道開業時の情報をもとに、今も多く残るレンガ構造物を調べていると、不思議なことがわかりました。ご存じの方もおられたらすいません。高槻から大阪の間は、吹田より南が、途中で阪急千里線を通っていたようです。

淀川や神崎川の付近は後年、川の改修がされているので鉄道開業時のようすは残っていないんだろうなと思っていまして、どのようなルートを通っていたのか調べていると、、、

(グーグルマップから)
吹田から新大阪へむかう現在の路線(黄色)ですが、明治9年の開業から、大正10年までの間、現在の阪急千里線の吹田~淡路~柴島を通っていたようです。今の神崎川は幅が広いですが、当時は4分の1くらいだったよう。この間にも昔の構造物は何か所か残っているようですが、近年淡路駅の建て替えや千里線の改修がされているので、残っていないかもしれません。
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高槻の方向から見るとこのように、現在の黄色のルートではなく、南側にルートがあったようです。吹田も8年ほど住んでいたことがあり詳しい方なんですが、全く知りませんでした。。
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従って現在の新神崎川橋梁はそのあとの建設のようです。
ということで、高槻ネタではありませんが、もし今日の花火で大阪方面に行かれる方は、このようなルートだったんだと感じてくださればと思います。
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