今回久々に芥川の鉄橋の橋脚を眺めてみました。
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5つの橋脚と両側の構造物が作られたのは、明治9年6月です。大阪ー向日町間が開通する直前です。

橋梁は現在と同じ錬鉄鈑桁形式です。明治9年に単線ながらも鉄橋ができたのはすごいです。日本初の鉄道と言われる新橋ー横浜間は鉄橋はなく、ほとんどが木橋だったので、本格的に鉄橋やレンガ橋梁やトンネルのある鉄道が作られたのは、神戸ー大阪、大阪ー京都間が初めてのようです。おまけに今も多くが残っています。
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現在、芥川の鉄橋の5つの橋脚のうち2つは、コンクリート製に取り替えられていますが、3本は石積が残っているようです。
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現在の鉄橋(鈑桁)も古そうです。前回塗装しなおされたのが2007年のようです。このすぐ下は、
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石積みの上はコンクリートになっています。おそらく後年取り替えられたか、積み上げられたようです。

檜尾川鉄橋
参考までに檜尾川の鉄橋を観察しますと、石積みの上に鉄橋を載せるところが同様にコンクリート(後年か)で作られ、そのさらに端はレンガ構造になっています。ひょっとすると、芥川の鉄橋も見えないところにレンガがあるかもしれません。しかし、観察するところでは檜尾川のレンガ部分に相当する場所もレンガはなさそうです。

参考 ブログを始めたころに記載した内容です。


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では、西側の橋桁の下の架台部分の石積みを少し観察してみます。かなり盛り土があって、見えているところは少ないです。右と左で段差があるのはなぜでしょうか?単線時代は右側を走っていた?
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右側の部分、よくみると写真中央。大きな矢穴があります。やはりここにも高槻城の石垣石が使われているようです。
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いままで、レンガトンネルをよく取り上げていますが、このような橋脚でも古い構造が多く残っているようです。また、この西側にある女瀬川の鉄橋の下のレンガ構造は、失われているようです。芥川の鉄橋のレンガ部分は直接重量を受けるので、初期のようすは残っていないのかもしれません。川の中の橋脚も同様に上部はコンクリートになっているので、初期の構造ではないかもしれませんね。最近になって鉄道開通のころを調べてわかったことも多いので、現地を訪れながら投稿しますので、また続きをお楽しみにお願いします。

参考 いままでの投稿