来年JR高槻駅、JR京都線開業150年を前に、官営鉄道開業時のレンガアーチを記載します。
これは3年前に投稿したんですが、そのあとになんでやねんでも放送されて、高槻のレンガアーチに続いて、このネタ見てる?と思いました。また、官営鉄道開業時の投稿をまとめた投稿も作ってますので、前回の再投稿になりますが記載します。
◆レンガトンネル番外編としまして、今回は大阪・京都鉄道開業(明治9年)時から残るレンガアーチ橋を訪れてみます。今回は、JR長岡京駅の北側にある6連レンガアーチ橋(七反田)です。大阪ー向日町開業時の情報を調べてみると、多くのレンガの構造物があることがわかりました。前回の3連のレンガアーチ(老ヶ辻)の投稿に続きます。(2022年7月26日投稿)

場所はJR長岡京駅(旧神足駅)の北側です。駅前に西国街道があり、その京都に行く途中にあります。神足商店街の看板があり、街道沿いは静かで石畳風になってます。

西国街道と交わるのは京都府道79号線、

通称、三菱通りです。少しアプローチを記載します。

西国街道を約500mくらい歩くと、三菱通りにでますが、西側には三菱製紙(上の写真)、東側に三菱製作所京都工場があります。

途中には小畑川という川が流れています。芥川のような感じですが堤防が少し高いです。

三菱電機の2つの工場の中間。しかし、トンネルはそこではなくて、そのすぐ北側の近く。なぜここに大きなレンガアーチができたのかが非常に謎ではあります。

先の道を三菱電機京都製作所に向かうとJRのレンガアーチ橋にでます。北側はコンクリートの橋脚ですが、南側半分がレンガ構造です。トンネルを抜けて振り返ったところ。上の写真は6連の左側。

左から2番目から6番目。

左から2番目と3番目は、道路用になっています。先日投稿したレンガアーチと同じ4.57mの直径です。

一番左は、水路と歩道になっています。

4番目と5番目は使われておらず、

6番目(一番右手)は水路用になっています。

右手ののり面はウイングという構造になっています。

かなり鉄骨の構造が取りつけられています。

予想以上に幅が広いため、6連がすべて写りません。。。右に1つあります。次にレンガや石積みのようすを見てみます。

3番目。ここは車道になっているので近くでは見えませんが、石積みがかなり高いところまであるようです。昔は川か池があったのでしょうか?

アーチの上はかなりの高さでレンガが積み上げられています。

レンガはこのようなようす。中央で金属で補強されてるようです。

比較的整列した石で積まれています(高槻は結構バラバラ:高槻城の石垣を使ったためか)

造られたのは明治9年5月で、先日の3連の老ヶ辻トンネルと同月の完成。

間は補強のためかコンクリートで埋められています。

後年複々線になったときに追加された部分。

追加された左側の橋脚の方が老朽化しています。

最後にもう一度レンガを振り返ります。

なお、左側(西側)ののり面のウイングが気になります。ここは実は6連ではなく、もっとあるのではという謎があります。

しかしよく見ると、ウイングのレンガ構造は見えませんが、石積みのウイングが見られるので、ここはやはり6連だったようです。ということで、初めて6連のレンガアーチ橋を見てきました。
▶高槻の謎 高槻駅の開業はいつ? レンガトンネルはいつ造られたの? レンガはどこで作ったの?
ということで、高槻には14か所もの人が通れるレンガトンネルが残っているんですが、長岡京には前回に続いて、大きなレンガアーチの構造物があることがわかりました。大阪・京都間鉄道工事では、この長岡京より東側にこのようなレンガアーチ橋が多く作られ(桂川の前後に9連レンガアーチ橋が2か所あったようです。今はない)たようです。近くの小泉川、小畑川、さらに京都に近い桂川は、川幅が広いため芥川と同様な鉄橋が造られました。
▶高槻の謎 高槻駅創業時を調べてみる 大阪まで何分かかったの?一日何本?運賃は? 開業当時を想い車窓を眺めてみる
6連レンガアーチ橋(七反田)(長岡京市馬場井料田)
参考文献:
日本国有鉄道百年史
阪神間・京阪間における煉瓦・石積み構造物とその特徴 小野田滋
前回投稿はコチラ↓
▶高槻のレンガトンネル番外編 大阪・京都間鉄道開業時から残る長岡京市の2つのレンガアーチ橋を訪れてみる 3連レンガアーチ編
▶高槻の謎 檜尾川の鉄橋 明治9年開業時日本最初の下路式鈑桁(かろしきばんげた)の鉄橋だったらしい それって何なん?
▶レンガトンネルシリーズ特設ページ
ここも近いです。

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