レンガトンネル番外編としまして、今回は大阪・京都鉄道開業(明治9年)時から残るレンガアーチ橋を訪れてみます。今回は、JR長岡京駅の南側にある3連レンガアーチ橋です。大阪ー向日町開業時の情報を調べてみると、多くのレンガの構造物があることがわかりました。前回の檜尾川の鉄橋の投稿に続きます。
◆3連レンガアーチ橋(老ヶ辻)(長岡京市勝龍寺)明治9年6月建設、開業直前にできたようです。
以前に投稿した明智光秀が山崎の合戦で使い、また娘(三女)の細川ガラシアが夫細川忠興と2年間暮らした勝龍寺城(←以前の投稿のリンクあり)のすぐ近くです。

さらに後年、高槻初代藩主永井直清が、高槻に来る前の43歳から59歳まで16年過ごした町です。西国街道からもJRをはさんで近いです。
▶永井神社の神様 高槻藩の藩祖 永井直清ってどんなひと? 野見神社にある永井神社の例祭に参加させていただいた

場所は、勝龍寺城から住宅を歩いて3分くらい。犬川の堤防が見えてきました。

長岡京駅の線路沿い南側、犬川という川です。こちらもクズだらけです。この光景だけでネタになりそう。堤防から振り返ると、

この小さな川(犬川)にかかる立派な3連レンガアーチ橋が見えました。

河床はこのような感じ、川幅は5mくらいで手前にはしっかりとした飛び石もあります。

どのようなレンガアーチ橋なんでしょうか。
上牧のある、西国街道にかかるレンガトンネル(藪の花トンネル)と同サイズ(4.57m)で3つが連続しています。レンガ部分と土台の石積みを観察してみます。

まず中央のレンガアーチ。中には入れませんが、向かって右側のトンネルの中には入れます。

右側のレンガアーチに入ってみます。

中央に補強の金属板がありますが、レンガは昔のまま。電車通るときも中は比較的静かです。足元の河川敷の砂利の足元は少し振動がある感じがしますが、レンガの壁を触ってもまったく揺れてません。

レンガの隙間に埋めているのは、当時からあったコンクリート。これは高槻のトンネルと同じです。

土台は1mくらい石積みになってます。この石積があるものと、下までレンガのものとがあるのですが高槻はこの下側の石積みが多いようなので、高槻城の石垣がたくさん使われた可能性があります。さらには、資金不足などで大阪・京都工事着工が遅れたことなどから、高槻城の石垣石(約834坪分)は資材として助かったのではないでしょうか。レンガ製造を受けた会社も途中で資金不足になっています。
▶高槻の謎 高槻駅の開業はいつ? レンガトンネルはいつ造られたの? レンガはどこで作ったの?

こちらは、上が花崗岩、下が黒い石で積まれています。

高槻城の石垣石の痕跡あるかなと見ましたが、さすがにここには見かけないようです。

水が流れてなくて、真下からゆっくりと眺めることができる貴重な場所のようです。

トンネルの横ののり面をウイングというようです。こちらもレンガ構造が残っています。

犬川の中央にきました。飛び石があり、川を渡れます。(広角で撮影)

対岸(南側)にきました。左側のレンガアーチは別の水路になっています。
ということで、高槻には14か所もの人が通れるレンガトンネルが残っているんですが、長岡京にはこのような大きなレンガアーチの構造物があることがわかりました。
大阪・京都間鉄道工事では、この長岡京より東側にこのようなレンガアーチ橋が多く作られ(桂川の前後に9連レンガアーチ橋が2か所あったようです。今はない)たようです。近くの小泉川、小畑川、さらに京都に近い桂川は、川幅が広いため芥川と同様な鉄橋が造られました。次回は長岡京の北側にある現存する最多6連のレンガアーチ橋を投稿します。

おまけですが赤とんぼを見かけました。勝龍寺に行かれる機会がありましたら、すぐ近くなので訪れてはいかがでしょうか。
▶高槻の謎 高槻駅創業時を調べてみる 大阪まで何分かかったの?一日何本?運賃は? 開業当時を想い車窓を眺めてみる
次回予告 ぜひ行ってみたい 現存する最多連続レンガアーチ橋です。お楽しみに!
◆6連レンガアーチ橋(七反田)(長岡京市馬場井料田)
参考文献:
日本国有鉄道百年史
阪神間・京阪間における煉瓦・石積み構造物とその特徴 小野田滋
▶高槻の謎 檜尾川の鉄橋 明治9年開業時日本最初の下路式鈑桁(かろしきばんげた)の鉄橋だったらしい それって何なん?
▶レンガトンネルシリーズ特設ページ
ここも近いです。

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