江戸時代より前にさかのぼった記事です。
akuta
昔の芥川と檜尾川の昔の姿はどうだったのか、、
akuta2
高槻では昭和28年、最後の大洪水でした、
このとき芥川から西の多くの場所が浸水しました、。
それまでも大正6年の大塚切れといわれる
洪水もありました(このときも芥川堤防も
決壊)

もっと昔では津の江の筑紫津は港があった
という説があり、南部では遺跡がありません、

江戸時代淀川は20回以上氾濫していること
以上の情報に加えて、気になったのは

高槻市史の第1巻に、記録はないものの
江戸時代前には芥川、檜尾川は淀川に流れず
淀川手前で西に流れていた、
江戸時代前
高山右近のころ改修されて淀川に流れるように
なった
それ以降、森林伐採含めて天井川化したと
推測される


とする記載があります、、現在もこの説が
通説になっているか、?
少なくとも何名かお聞きする中ではこの時期から
新情報はないようです

このあたりの歴史新情報あったら更新します