6日からしろあと歴史館で
開催されている企画展を見て、
津之江の歴史を少しだけ勉強してきました。
と言っておきながら、
津之江の歴史は少し置いておいて、
今回気になった所が「アジャリの森」です。
早速行ってみました。
JRからも見えますし、
津之江小学校付近からも見えます。
しかし、北側からは田んぼに囲われており行けません。

西側に回ると道が細すぎて行けませんでした。
東側から行くと、未舗装の道を歩いていくことに。
これだけ周りが住宅化されている中で、
ここだけは古代のまま残されているみたいです。。。
▶隣接している稲荷神社

調べてみるとかなり歴史があり、驚きました。
日本書紀に記載されている継体天皇の項目の次、
安閑(あんかん)天皇の項目で記載があります。
まさか、日本書紀に高槻に縁がある所が
2つも記載されているとは…!
ところでところで、
アジャリの森って何かと。
変わった名前ですよね。
安閑天皇の時代(534年)、
この地区の三島の豪族である飯粒(いいぼ)氏が
天皇に良田を献上します。
その耕作に河内の豪族である大河内直味張
(おおこうちのあたいあじはり)が春と秋に
500人の農民を派遣していたそうです。
味張(あじはり)の名前が残って
「あじゃり」となった説もあるみたいです。
(高槻市のHPにも記載アリ)
更に、500人の農民が住んでいたところは
津之江町のすぐ西側にある五百住(よすみ)
として名前が残っています。
(五百人が住む=五百住)
また、石の鳥居は1765年に再建されています。
他にも4月と12月に祭りがあるみたい。
長くなってしまいそうなので、
また、津之江の歴史を書く時に書けたらと。

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